大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和33年(オ)710号 判決

上告人 坂本義一 外一名

被上告人 国

国代理人 青木義人 外一名

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を京都地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人小林為太郎の上告理由について。

公衆浴場法は、公衆浴場の経営につき許可制を採用し、第二条において「設置の場所が配置の適正を欠く」と認められるときは許可を拒み得る旨を定めているが、その立法趣旨は、「公衆浴場は、多数の国民の日常生活に必要欠くべからざる、多分に公共性を伴う厚生施設である。そして、若しその設立を業者の自由に委せて、何等その偏在及び濫立を防止する等その配置の適正を保つために必要な措置が講ぜられないときは、その偏在により、多数の国民が日常容易に公衆浴場を利用しようとする場合に不便を来たすおそれを保し難く、また、その濫立により、浴場経営に無用の競争を生じその経営を経済的に不合理ならしめ、ひいて浴場の衛生設備の低下等好ましからざる影響を来たすおそれなきを保し難い。このようなことは上記公衆浴場の性質に鑑み、国民保健及び環境衛生の上から、出来る限り防止することが望ましいことであり、従つて、公衆浴場の設置場所が配置の適正を欠き、その偏在乃至濫立を来たすに至るがごときことは、公共の福祉に反するものであつて、この理由により公衆浴場の経営の許可を与えないことができる旨の規定を設け」たのであることは当裁判所大法廷判決の判示するところである(昭和二八年(あ)第四七八二号、同三〇年一月二六日判決、刑集九巻一号二二七頁)。そして、同条はその第三項において右設置場所の配置の基準については都道府県条例の定めるところに委任し、京都府公衆浴場法施行条例は各公衆浴場との最短距離は二百五十米間隔とする旨を規定している。

これら規定の趣旨から考えると公衆浴場法が許可制を採用し前述のような規定を設けたのは、主として「国民保健及び環境衛生」という公共の福祉の見地から出たものであることはむろんであるが、他面、同時に、無用の競争により経営が不合理化することのないように濫立を防止することが公共の福祉のため必要であるとの見地から、被許可者を濫立による経営の不合理化から守ろうとする意図をも有するものであることは否定し得ないところであつて、適正な許可制度の運用によつて保護せらるべき業者の営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとゞまらず公衆浴場法によつて保護せられる法的利益と解するを相当とする。

原判決並びに第一審判決がこの理を解せず、本件上告人の本訴請求をもつて訴訟上の利益を欠くものとして、排斥したのは違法であることを免れず、この点において上告は理由あり、よつてその余の上告理由についての判断を省略し、民訴四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、裁判官奥野健一の反対意見、裁判官池田克の意見ある外裁判官全員一致の意見をもつて、主文のとおり判決する。

裁判官池田克の意見は次のとおりである。

わたくしは、多数意見と同様原判決を破棄すべきものと考えるが、その理由を異にするので、この点に関するわたくしの意見を表明することとする。

およそ、営業許可は、本来自由なるべき営業に対する禁止を解除しその自由を回復せしむるにとゞまり、新らたに独占的な財産権を付与するものではない。公衆浴場の営業許可についても、その本質が右のごとき普通一般の営業許可の本質と異なる所以を見出し得ない。もつとも、公衆浴場法は特に配置の適正ということを許可の要件として規定しているので、濫立の防止によつて既設業者が経済的利益をうけることは事実であるが、右の規定は、専ら、公衆浴場が国民多数の日常生活に必要欠くべからざる厚生施設であることにかんがみ、公衆衛生の維持、向上を図ろうとする公益的見地に出たものであつて、直接業者の経済的利益を保護する趣旨に出たものでないことは、本来業者の自由競争に委かさるべき公衆浴場営業を許可制にした同法の立法目的に徴しても、また前敍のごとき営業許可の本質からみても、疑を容れないところである。従つて、右の規定を有する公衆浴場法の下においても、既設業者のうける利益を、多数説のように一種の法的利益と解することはできず、単なる反射的利益に過ぎないというべきである。

しかし、かように既設業者のうける利益が事実上の利益に過ぎないからといつて、新規業者に対して違法に与えられた営業許可により既設業者が甚大な損害を蒙ることがあつても、これが是正のための法的救済を拒否し、違法な行政処分をそのまゝ放置しておくことは、新憲法が行政庁の違法な処分に対し、広く出訴の途を開いた趣旨を全うする所以でないことを看過してはならない。むしろ、「違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタ」者に限り出訴することを許した旧憲法のような規定のない現行行政訴訟制度の下においては、違法な行政処分に対して出訴し得る者は、必ずしも法的権利ないし利益を有する者に限られることなく、事実上の利益を有するに過ぎない者であつても、その利益が一般抽象的なものではなくして具体的な個人的利益であり、しかも当該違法処分により直接且つ重大な損害を蒙つた場合には、その者に対し同処分の取消または無効確認を訴求する原告適格を認めるのを相当とする。本件についてこれをみるのに、上告人らはいずれも公衆浴場を経営している者であつて、京都府知事が室谷喜作に対して与えた公衆浴場の営業許可が公衆浴場法二条三項に基く京都府公衆浴場法施行条例並びに同条例の実施に関する公衆浴場新設に関する内規に違反するとしてその無効確認を訴求するのであるが、右処分によつて侵害されたという上告人らの利益は、事実上のものに過ぎないとはいえ、具体的な個人的利益であり、またその利益の侵害が直接的で、しかもこれにより上告人らが重大な損害を蒙ることは見易いところであるから、上告人らは本件訴訟の原告適格を有するものといわなければならない。

わたくしは、以上の理由により、本件上告はその理由がある、と思料するのである。

裁判官奥野健一の反対意見は、次のとおりである。

元来公衆浴場営業は何人も自由になし得るものであるが、公衆浴場法は公衆衛生の維持、向上の目的から公衆浴場営業を一般的に禁止し、公衆衛生上支障がないと認められる場合に特定人に対してその禁止を解除し、営業の自由を回復せしめることとしている。しかして、このような制限は専ら公衆衛生上の見地からなされるものであつて、既設公衆浴場営業者の保護を目的とするものではない。尤も公衆浴場営業が許可を要するとされることから、競業者の出現が事実上ある程度の抑制を受け、その結果既設業者が営業上の利益を受けることがあつても、それはいわゆる反射的利益に過ぎないのであつて、決して許可を受けた既設業者に一種の独占的利益を与えようとするものではない。

そして、公衆浴場法二条二項は「都道府県知事は、……その設置の場所が配置の適正を欠くと認めるときは前項の許可を与えないことができる。……」と定めているが、これも専ら公衆衛生の維持、向上を目的とする規定であつて、既設業者の営業上の利益の保護を目的とするものではない。従つて、右二条二項の規定は、新規の営業許可にかかる浴場の設置場所が適正を欠くことを理由として、既設業者からその許可の無効を主張することを許す趣旨のものとは到底解することができない。それ故、これと同趣旨の理由により本訴請求は訴の利益がないものとしてこれを棄却した第一審判決及びこれを支持した原判決は正当であつて、本件上告は理由がない。

(裁判官 藤田八郎 池田克 河村大助 奥野健一 山田作之助)

上告代理人小林為太郎の上告理由

原審判決は理由に齟齬があると思料される。即ち、

一、原審判決は「行政処分がある法規に違反し無効であると主張することの許されるものは、その法規が保護しようとする法益の主体に限られるものであつて」「間接的に他のものの利益を保護する結果を来たしたとしても」「反射的に生じたにすぎないものであるからその反射的利益が侵害されたとして行政処分の無効を主張する事は許されない。」

「従つて控訴人等は本件浴場営業許可処分の無効確認を求める利益を有しないものと云わなければならない」としておるが、右は一審判決がその理由に於て「当該行政処分により権利又は法律上の利益を侵害されたものにかぎられる」「原告等は本件営業許可処分により何らの権利又は法律上の利益を侵害されていない」と認定したことと軌を一にするものであり所謂講学上の反射的利益を平面的に適用し本件の如き具体的事案を充分認識しないところと思料される。

二、公衆浴場法は専ら公衆衛生の維持向上を企図した趣旨であることは明瞭であるが、その趣旨を実現するために公衆浴場の経営を許可した場合その経営者の権利乃至利益を反射的なものと考察することは皮相な見解であるといわねばならない。

許可された経営者はその許可によつて法律上競業禁止の利益を得、経済的にも独占的な収益を賦与されるもので、これらの事実を単に反射的利益と看做すことは妥当でない。

公衆浴場法は被許可者に之らの法律上の権利並びに利益を与えることによつて、公衆衛生の維持向上と云う自己目的を実現しようとしておるともみるべきである。

三、講学上、反射的利益と称するものは、公衆浴場営業許可なる行政処分が警察命令に因るとの見解に基くものであるが、公衆浴場法制定前の公衆浴場営業許可と現在公衆浴場法による当該営業許可の行政処分とはその性質に於て甚しく異るものである。

公衆浴場制定前の営業許可は各都道府県が浴場取締規則を制定し当該公衆浴場所在の所轄警察署長が之を許可したものであり、全く取締りのための警察命令であつたものである。

然るに公衆浴場法制定以来は各都道府県知事が之を許可するに至つたものであり、単なる取締りではない。

従つてその許可の性質は甚しく異ると云わねばならない。

四、警察命令は命令的行政行為であり、本件公衆浴場法による許可は形成的行政行為と思料される、命令的行政行為と形成的行政行為の差異は左の三点である。

(イ) 形成的行為は行政権の単独の意志によつて成立するものでない。公衆浴場法による許可は常に出願によつて為され、行政権はその出願と異る許可を与えることはない。之によつても本件の許可は形成的行政行為である。

(ロ) 形成的行政行為は、公義務を命じ又は之を免除するためのものでない。本件許可に於てもそれが主目的でないことは明らかである。

即ち許可を与える事によつて公衆浴場の経営者に公衆衛生の維持向上を図らしめる公義務を課するためでなく、むしろ、そのものに競業禁止の法的利益と経済的な独占的収益を収得せしめ(昭和三十年一月二十六日大法廷判決刑九巻一号参照)

依つて法目的に寄与せしめようとするものである。

(ハ) また右許可は出願した特定人にのみ行なわれるものであつてこの点に於ても不特定多数人に対して為される一般的下命である命令的行政行為とは異る。

右三点によつて本件許可の性格を把握すれば命令的行政行為である警察許可と断ずることは出来ない。

それ故に本件許可によつて与えられた営業権を反射的利益と評価する事は失当である。

五、憲法第二十二条は国民の職業選択の自由権を明定している。

右憲法上保障されている自由権を上告人等は公衆浴場法による許可によつて能力を付与され法律上の権利としてその行使を許容されたものであると看るのが法律上妥当にして合理的な見解と思料される。

本件許可はその権利の侵害であり、従つて上告人等が訴権なしとの原審判決は失当である。

果して然らば原審判決は法律の解釈を誤り理由齟齬のそしりをまぬがれず、到底民事訴訟法第三百九十五条により上告の理由あるものと思料される。

以上

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